答えは、外にはなかった

FXを始めて2〜3年、ずっと何かを探していた時期があります。

トレードの世界では「聖杯探し」と呼ばれます。

絶対に勝てる手法、絶対に外れないインジケーター、誰かが見つけた「答え」。それをどこかで見つければ、自分も勝てるようになる。そう思って探し続けていました。

情報商材に手を出しては、「これは違う」と手放す。

インジケーターやサインツールを試しては、「なんか信用できない」と離れる。

何が違うのか、うまく言葉にできませんでした。ただ、しっくりこない。それだけは分かる。でも、次に何を探せばいいのかは分からない。

その状態が、2年、3年と続きました。

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一番つらかったのは、負けることそのものより、出口が見えないことでした。

今日はこの手法、来週は別のインジケーター。何かを試しては手放す。手放しては、また次を探す。

自分でも、何を探しているのか分からなくなっていました。

漠然とした不安が、ずっと続いていました。

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ある日、Twitterでおすすめに出てきた動画がありました。

正直、最初は「また新しい人か」と思いました。

それでも、なんとなく見てみました。

そこで語られていたチャート分析の手法を見ていたとき、突然、雷に打たれたような衝撃を受けました。

「これだ。こういうトレードが、自分はやりたかったんだ」

理由はうまく説明できません。ただ、体の中で何かがビリビリと震えるような感覚がありました。

その瞬間から、手法探しがぴたりと止まりました。

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振り返って思うのは、聖杯探しをしていたときの自分は、答えを外に探し続けていたということです。

予測していたことと、実際に起きることがずれ続けると、人は不安になります。そのズレを埋めようとして、外側に答えを探しに行く。これ自体は、自然な反応だと思います。

ただ、外側をいくら探しても、埋まらないズレもあります。

仏教に「歩々是道場(ほほこれどうじょう)」という言葉があるそうです。特別な場所を探さなくても、今立っている足元こそが修行の場になる、という意味だと聞いたことがあります。

当時の自分に必要だったのは、まさにそれだったのだと思います。新しい答えを見つけることではなく、一つのものを信じて、深く掘っていくことでした。

その動画に出会ってから、私がやったことは単純です。

一から全部の動画を見る。

見た内容を、実際のチャートで確かめる。

確かめたことを、実際のトレードで試す。

それをひたすら繰り返しました。

新しいものを探すのをやめて、一つのものを掘り続けたとき、初めてテクニカル分析が楽しくなりました。

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以前どこかで、「自分自身、次の手法を探し続けていた時期があるので、これは実感として分かります」と書いたことがあります。

これが、その時期のことです。

生徒さんを見ていても、同じ場面によく出会います。

うまくいかないとき、手法や環境のせいにして、次のものを探しに行きたくなる。その気持ちは、痛いほど分かります。自分がそうだったからです。

ただ、探すのをやめて、目の前の一つを信じて深掘りできるかどうか。

その境目に、聖杯があるのかもしれません。

外側にあると思っていたものは、実は目の前にあるものを、どれだけ深く掘れるかという話だったのだと、今は思っています。

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