『FXを始めた理由|金融でやられたなら、金融でやり返す』

金融でやられたなら、金融でやり返す

それは、今から9年前の2017年のことでした。

当時、Amazonなどのプラットフォームを拠点に、友人と2人で物販の仕事を行っていました。

同時に、物販の実績を情報発信へ広げていくためのコミュニティにも所属していました。メルマガや教材という形で、物販の先の展開を作っていこうとする人たちが集まる、かなり規模の大きい場所でした。

扱っている商材はそれぞれ違っていたため、コミュニティの中は競合というより、情報交換の場として機能していました。そこにいた人たちは新しい情報への感度が高く、仮想通貨の波が来ているという話を最初に聞いたのも、そのコミュニティの仲間からでした。

その年の秋、初めてビットコインを買ったとき、価格は毎日のように上がっていきました。

出口戦略も、いくらになったら手放すという基準もありませんでした。ただ、画面を眺めては「すごいな」と思っているだけでした。今にして思えば、完全に素人の状態でした。

そんな時に、コインチェックがハッキングを受けたというニュースが流れました。

年が明けて間もない頃のことでした。ただ、その夜にスマホの画面を何度も開き直したことは覚えています。

現物で買っていたので、強制的に切られる(ロスカットされる)わけではありませんでした。ただ、コインチェック自体が機能を止めていて、引き出すことも、売ることもできませんでした。数字が動くたびに、価値が削れていく。何かできることを探しても、結局何もできないまま、ただ画面を眺めているしかありませんでした。

娘が隣で寝ていました。生まれてからまだ2年に満たない頃で、あどけない寝顔でした。その寝顔を見ながら、頭の中では減っていく数字のことばかり考えていた夜でした。

悔しいというより、「まずい」という感覚のほうが強かったです。娘がまだ小さく、後がない状況でした。

そこで学べばよかったのですが、そうはなりませんでした。

世の中ではまだ仮想通貨の熱が残っていた時期で、新規立ち上げの話が、人づてに次々と入ってきました。今思えば実態の伴わないものがほとんどでしたが、そこにいくつか手を出し、まとまった損失を出してしまいました。

その中の一つは、いわゆるネズミ講に近い仕組みのものでした。

説明会に行ったときのことは、今でも覚えています。会場には、思っていたより年配の方が多く座っていました。壇上では「新しい世界が来る」というような話が、自信満々に語られていました。その場の空気に妙な説得力があったのを覚えています。冷静に見ればおかしいはずの話が、その部屋の中ではごく自然に聞こえてしまうのです。

今振り返れば、あの場にいた何百人もの人たちの多くが、結局は損をしたのだろうと思います。

人を紹介し、増やしていく必要がある仕組みでした。私自身、周りの人を巻き込んでしまったという経緯もありました。

騙された、という言い方もできます。ただ、それだけで終わらせるわけにはいきません。私自身、その仕組みに人を誘ってしまった側でもあったからです。

そこまでいって、ようやく分かったことがあります。

このまま同じ場所で足踏みしていても、失ったものは戻らない。

悔しさを晴らす方法は、ただ一つしかないと思いました。

金融の世界でやられたのなら、金融の世界でやり返す。

これが、私がFXを始めた本当の動機です。

かっこいい話ではありません。負けを取り返したい、見返したい、という単純な感情がまずあって、そこに理屈が後からついてきました。

最初に手を出したのはビットコインFXでした。

ろくに何も分からないまま、それでも「しっかり勉強すれば、なんとかなる」という根拠のない自信だけがありました。それまでの人生で、崖っぷちから何とかしてきた経験がいくつかあったからです。バンコクで物販を始めたときも、帰国後にゼロから商売を組み立てたときも、最初は何も分からないところから始めていました。今回もそのやり方で乗り切れるはずだ、というのが、当時の自分にあった唯一の根拠でした。

ただ、その自信だけでは足りませんでした。

当時のビットコインFXはゲームのような相場で、思っていたものとは違いました。今なら笑い話になりますが、当時は、「こんなよく分からないものを、これから極めていくのか……」という諦めに近い気持ちと、「しかし、もう他には動けない」という思いを抱えながら続けていたのを覚えています。チャート分析のやり方はいくつかありますが、最も主流なのはテクニカル分析と言われています。

チャート上に自分で水平線や斜めのラインを引いたり、周期を見たり、ローソク足自体を分析したりします。そこで初めて、相場分析というものを知りました。ビットコインFXの参加者も基本はこのテクニカル分析を使っていましたが、それが元々は為替の世界のツールだということも、その時に知りました。

結局1年以上は続けたと思いますが、それでも全く結果が出せませんでした。しかし、すでにそれなりの時間も費やしていました。辞めるという選択肢はありませんでした。

そんな中、ふとしたきっかけと興味本位で、為替のFXへ移りました。

「勉強した通りに動く」という感覚が、そこで初めてありました。

振り返って、この時期の自分をごまかすつもりはありません。

人を巻き込んだことも、判断を誤ったことも、事実として残っています。それを他人のせいにすることも、なかったことにするつもりもありません。

ただ、悔しさという感情そのものは否定していません。

あのとき悔しさがなかったら、金融の世界に戻ってくることもなかったと思います。感情に飲まれて同じ失敗を繰り返すのではなく、悔しさを「やり返す」という具体的な行動へ変えられるかどうか。そこが分かれ道でした。

現在FXを教えている生徒さんの中にも、大きな損失を出した後に私の元に来てくれた人がいます。その人たちを見ていて思うのは、負けた事実そのものより、その悔しさをどこへ向けるかのほうが、後の結果を分けるということです。

悔しさを、次に同じ失敗をしないための燃料にできるか。それとも、悔しさに引きずられて、また別の失敗に飛び込んでしまうか。

私自身、その両方を経験しています。草コインやMLMに手を出していた時期は、後者でした。為替FXに腰を据えてからようやく、悔しさを前者として使えるようになったのだと思います。

金融でやられたなら、金融でやり返す。

この言葉は、今でも自分の中に残っています。

ただ今は、やり返す相手は市場ではなく、あの頃の自分だったんだなと思っています。

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